高校時代の私を支えてくれた立川の街に感謝し、これからも感謝し続けながら生きていく

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中学時代は、部活も一切せず、ほとんど友だちと遊ぶことなく、ただひたすら勉強ばかりして過ごしてしまいました。

勉強していたこと以外、特に楽しい思い出もなく、今でもほとんど記憶ありません。

東京都立川市の都立高校に合格してからも、「国家公務員を目指すんだ!」と、入学式のその日に本屋さんに駆け込んで、受験書を買いに行ったほどです。どれだけガリ勉なんだか。

しかし、ふとある日、体育館で部活の合同説明会を開いているときに、なぜか女子硬式テニス部の先輩に声をかけられ、フラフラ〜ッと入ってしまい、そのままなぜか入部。

先輩たちの勢いにのまれていき、いつの間にかテニスの面白さに開花!

朝早くに行ってコンビニのパンをかじりついて早朝練習、授業の合間に早弁をして、お昼休みに練習、夕方に練習と、テニス三昧に。

真っ黒ゴケで毎日ジャージしか着ていなくて、おしゃれと彼氏なんてほど遠い高校生活・・。

進学校であったため、先輩たちが高2で部活を引退していったとき、自ら部長に立候補し、みごと部長になってしまいました。

でも、想像以上に大変でしんどい日々でした。

部活の仲間をまとめるむずかしさ・・。

テニスの技術を磨く以上に周りとの関係がとてもむずかしく、いつの間にか分裂していってしまいました。若い私にはどうしたらいいのかわからなかった。

「もう、部長やめます。」

テニス部の仲間と後輩にそう言い残して、汗臭い部室を後にしました。

部活が終わってから学校近くの公園のブランコに座り、ウァ〜ッ!て泣きじゃくっていたときに、仲良しの副部長がゼーゼー言いながら駆けつけてくれたのです。

「私がついているから大丈夫だよ。明日から一緒にがんばろう。」と声をかけてくれたのを、今でもハッキリ覚えています。一緒に泣いてくれて、一緒に抱き合いました。

その後、ファミレスで一緒に食べたデカいチョコパフェの味も、今でも忘れていません。

街ナカを一緒に歩き、スッカリ元気になった私は、あれから仲間の協力をあおぎ、部を必死にまとめあげて、後輩に託していくことができました。

あれからすでに20数年が経ち、再開発がどんどん進んで、ボロかった街並みはスッカリ近代的に生まれ変わりました。

一緒に泣きじゃくってくれた副部長も、今では2人の男の子のママとなり、仕事と育児を両立しながら元気いっぱいに生きています。

20数年も経ったのに、今でもテニス部の人達と頻繁に連絡を取り合い、子供たちとワイワイ言いながら、自宅で一緒に料理を作って遊んだりしています。

「あの時、テニス部に入らなかったら、私はどうなっていただろう?」

高校時代から変わらず、どんなことがあっても、心の底から何でも相談できる友だちに出会えたのも、運命的な何かを感じざるを得ません。

部活の友だちと一緒に行ったお店はすでに閉店していたり、お小遣いでなんとか行けたちょっと汚いラーメン屋が、キレイでオシャレなカフェに変わっていたり・・。

暗かった中学時代から一転して、心の底から支えてくれたこの街は、私の人生と同じく浮き沈みしながら、どんどん変わっているのです。

凸凹しながらでも、決して廃れることなく、少しずつ成長している。

落ち込んでいるなんて、もったいない。

私も成長していく街と共に、がんばらないとな。

この街がなかったら、今の私はどうなっていただろ?

東京都立川市。

高校時代に私を変えてくれた温かい街だからこそ、私はこれからもこの街にずっと感謝し続けながら生きていきたい。

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この記事を書いた人

多摩っぷ編集局

多摩っぷ編集局

多摩地域の中でも特に立川エリアが大好き。地域のグルメやスイーツ、おでかけスポットやイベント情報、地域コラムなどを主に書いています。